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大リーグでジャッキー・ロビンソンデー、全員が背番号「42」
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MLBも、最初は白人ばっかりだったんだね、、

ジャッキー・ロビンソンって、正直、「誰それ?」って感じだったんで、Wikiってみると、これまた偉大な人物ですね!

メジャーリーグに、当時のニグロリーグから、黒人として初めてMLBに移籍。

そのとき、選ばれた理由が、野球の技術は勿論、それ以上に「人格」を買われたっていうんですから、、

そう、当時、白人だけだったメジャーリーグに、黒人が入れば、世間の非難はゴウゴウ、チームメートの中には、球団を辞めていく白人も出たほど、

そんな逆境を、乗り越えられるのはジャッキー・ロビンソンしかいないと見込まれたわけだ!

凄いよね!





▼ジャッキー・ロビンソン(1954年)とは

基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国ジョージア州カイロ
没年月日 1972年10月24日(満53歳没)
身長
体重 5' 11" =約180.3cm
204 lb =約92.5kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 二塁手
プロ入り 1945年
初出場 1947年4月15日
最終出場 1956年9月30日
経歴(括弧内は在籍年)
ブルックリン・ドジャース(1947年 - 1956年)

アメリカ野球殿堂
殿堂表彰者
選出年 1962年
得票率 77.50%
選出方法 BBWAA選出
この表について[表示]
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。
■Template ■ウィキプロジェクト 野球選手

ジャック・ルーズベルト”ジャッキー”・ロビンソン(Jack Roosevelt "Jackie" Robinson、1919年1月31日 - 1972年10月24日)はアメリカ合衆国の元メジャーリーガー(内野手)である。

それまで有色人種を排除していたメジャーリーグベースボールにおいてアフリカ系アメリカ人選手としてデビューし活躍。有色人種のメジャーリーグ参加の道を開いた[1]。

目次 [非表示]
1 来歴・人物
1.1 生い立ち
1.2 メジャー・デビュー
1.3 引退後
1.4 偉大な足跡
2 獲得タイトル・記録
3 年度別打撃成績
4 脚注
5 外部リンク



来歴・人物 [編集]

生い立ち [編集]
1919年1月31日ジョージア州カイロで5人兄弟の末っ子として生まれたが、生後6カ月のころに父が蒸発したため、カリフォルニア州パサデナへ移住した[2]。ロビンソンはスポーツ万能選手として頭角を現し[2]、パサディナ短期大学(現・パサディナ市立大学)とカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)でアメリカンフットボールや野球などで活躍。アメリカンフットボール選手として特に名高かった[2]。中退[要出典]して軍隊に入隊し、膝を痛めて少尉で退役[2]。その後1945年に口約束で月間400ドルでニグロ・リーグのカンザスシティ・モナークスに入団[2]。


メジャー・デビュー [編集]

ジャッキー・ロビンソン(1945年)1945年の末に当時のブルックリン・ドジャースの会長ブランチ・リッキーに誘われる。リッキーは優秀な選手を欲していたが、その供給源としてニグロ・リーグの黒人選手に求めたのだ。様々な選手選考の中、当時ドジャースのスカウトであったジョージ・シスラーはロビンソンの人間性を高く評価し「彼、ロビンソンなら批判を乗り越えられるから大丈夫」と推薦を受けたものだった(単なる野球の成績だけであればサチェル・ペイジが第一の候補だったといわれるが、様々な誹謗・中傷に耐えうる人間性をロビンソンは持ち合わせていた)[要出典]。リッキーはその確認に行き、現地で評判を調べた。耳にした批判は黒人への差別にはたちどころに抗議をすることだった[2]。

黒人がメジャーリーグに入ることで受けるであろう反感と差別にジャッキーは最初は躊躇するが[要出典]、契約金3000ドル、月給600ドルで1946年からドジャースの傘下のAAA級モントリオール・ロイヤルズに入団[2]。1946年4月18日に打席に立ち、黒人選手としてインターナショナルリーグでは57年ぶり、他の野球機構のマイナーリーグを含めても48年ぶりのことだった[2]。

1947年4月10日に「ドジャースはモントリオールのジャック・ルーズベルト・ロビンソンをメジャーに昇格させる。彼は直ちにチームに合流するだろう」と発表した[2]。開幕戦の4月15日に本拠地のエベッツ・フィールドには26,623人の観客のうち半数以上の14,000人はロビンソンを見ようとする黒人だった[3][4]。そしてロビンソンはアフリカ系アメリカ人のメジャーリーガーとしては1884年のモーゼス・フリート・ウォーカー以来63年ぶりにメジャーデビューを果たした[4]。

世間からは非難ごうごうで、チームメイトのなかにはジャッキーとプレイするのを嫌がって移籍した者もいた[4]。それに対し、監督のレオ・ドローチャーは「自分は選手の肌が黄色であろうと黒であろうと構わない。自分はこのチームの監督である。優秀な選手であれば使う。もし自分に反対する者がいたら、チームを出て行ってほしい」と語った[4]。また、対戦チームのフィラデルフィア・フィリーズはドジャースとの対戦を前にロビンソンが出場するなら対戦を拒否すると通告したり、セントルイス・カージナルスも同じような脅しをした[2][5]。それに対し、リーグ会長はロビンソンを支持し、問題の鎮静化を図った[2]。

ジャッキーは逆境にめげず常に紳士的に振る舞い、どのような酷いことをされても決して報復をしなかった。この状況の転機は8月末にやってくる。その日の試合で一塁のベースカバーに入ったロビンソンに相手チームの選手がスパイクを立ててスライディングし、ジャッキーに怪我をさせた。このことでチームメイトが相手チームへの怒りで一丸となり、白人のチームメイトたちがロビンソンをかばった。同時にロビンソンの活躍とその態度に世論も徐々に味方するようになっていった。[要出典]

ジャッキーはこの年に一塁手として打率.297・12HR・48打点・29盗塁という成績を残してチームの優勝にも貢献し、この年より制定された新人王を受賞した。翌年からは二塁手として活躍を続け、1949年には首位打者と盗塁王を獲得し、MVPに選ばれ、黒人選手として初のオールスターゲームに選出され[5]、その後オールスターには6年連続で出場した。1949年から6年連続で3割を達成している。

1956年にはジャイアンツへの移籍が持ち上がるが、ジャッキーはドジャースにこだわり[要出典]、ドジャースにいられないならばと翌年の1月に引退してしまった。


引退後 [編集]
1962年には1939年のルー・ゲーリッグ以来となる有資格初年度で野球殿堂入りを果たす[5]。引退後は実業家として活躍し、また黒人差別撤廃のための政治活動に力を注いだ。さらに長男のジャッキー・ロビンソン・ジュニアが麻薬中毒で亡くなったため反麻薬活動にも積極的に参加した。著書に自伝"I Never Had It Made"(邦題・黒人初の大リーガー)がある[6]。1972年6月4日、ロビンソン(42)、ロイ・キャンパネラ(39)、サンディー・コーファックス(32)の背番号がドジャースの永久欠番となる[7]。同年10月に心臓病のため53歳で死去。


偉大な足跡 [編集]
ロビンソンの活躍によりメジャーへの黒人選手受け入れを早める役割を果たし[2]、ハンク・アーロンやウィリー・メイズ、サチェル・ペイジのメジャーデビューの手がかりとなった。メジャーリーグのみならず、人種差別問題そのものへ与えた影響も非常に大きい。

ロビンソンのメジャーデビュー50年目にあたる1997年4月15日、その功績を称えて、ロビンソンの背番号42が全球団共通の永久欠番となった。ただし、マリアノ・リベラなど、それ以前から背番号42をつけていた選手に関しては特例として背番号42を継続使用することが許可されている。

1999年には、メジャーリーグベースボール・オールセンチュリー・チームの二塁手部門に1位で選ばれている。通算成績では他の候補選手に一歩譲るものの、その存在意義が高く評価された結果である。また2004年4月15日からはこの日が「ジャッキー・ロビンソン・デー」とされて、メジャーリーグの記念日となった。また2007年の同日には、ケン・グリフィー・ジュニアのコミッショナーへの提案により、希望する選手全員が背番号42を着用して試合に出場した[8]。ドジャース、カージナルス、パイレーツ、フィリーズ、ブルワーズ、アストロズでは選手・監督・コーチ全員が42番を着用した[9]。 2009年には、全球団の選手・監督・コーチ及び審判員全員が42番を着用した。

日本のプロ野球でプレーする外国人(非日本人)選手に42番をつけている選手が多いのは、日本人は「42=死に」として忌み嫌われやすい数字であるのに対してメジャーリーグでは今や着けることが出来ない偉大な背番号だからである。最近は日本人でも42を付ける選手は何人か存在している。また、MLB中継がNHKBSなど日本でも増えていることや前出したマリアノ・リベラが背負っている42の存在も大きいものとみられる[要出典]。


獲得タイトル・記録 [編集]
ナショナルリーグMVP 1回:1949年
新人王:1947年
首位打者 1回:1949年(.342)
盗塁王 2回:1947年(29)、1949年(37)
MLBオールスターゲーム選出 6回:1949年−1954年
メジャーリーグベースボール・オールセンチュリー・チーム選出:1999年


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


JUGEMテーマ:メジャーリーグ


| MLB メジャー・リーグ・ベースボール | 14:48 | comments(0) | trackbacks(17) | pookmark
レイズ初優勝!!岩村V
岩村も、伊達にモヒカン刈りやってないよね!!

ほんとに、おめでとう!!

松坂、岡島のレッドソックスは残念だったけど、また来年頑張って!


▼2008.10.20MLBア・リーグ優勝決定戦 歓喜の瞬間




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▼岩村V、歴史的勝利球ゲット/プレーオフ


<ア優勝シリーズ:レイズ3−1レッドソックス>◇第7戦◇19日◇トロピカーナフィールド

 岩村明憲内野手(29)が引っ張るレイズが歴史をつくった。最終戦でレッドソックスを振り切り、史上2チーム目となる前年度メジャー最低勝率からのリーグ制覇を果たした。

 1点を追う4回裏。先頭の岩村が、レスターのパーフェクト投球を打ち破る左前打を放った。ここからロンゴリアの適時二塁打で同点とすると、5回にはバルデリの適時打、7回にはアイバーの本塁打が出て突き放した。

 岩村が9回表2死一塁から二ゴロを捕って、自ら二塁ベースを踏み試合終了。ウイニングボールをゲットした。「ウイニングボールは誰にも渡したくない。(遊撃に)トスしようと思ったけど、イヤ待てよと(笑い)。初めての優勝は必ず歴史に残ると思うんで」。マウンド上での歓喜の渦の中でもボールをはなさず、大事そうにロッカー室に持ち帰っていた。(日刊スポーツ)




JUGEMテーマ:メジャーリーグ


| MLB メジャー・リーグ・ベースボール | 23:46 | comments(0) | trackbacks(5) | pookmark
松坂5回2失点 レッドソックス3連勝でワールドシリーズヘ
http://dreamboy.fruitblog.net/tb/?471c9ece365b0
http://app.justblog.jp/t/trackback/241825/10528133
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/furontaka/tb_ping/410
http://kahonikki.fruitblog.net/tb/?471ca7c21c4a4


ボストン・レッドソックス、松坂と、岡島の大活躍で、PSを抑え、ワールド・シリーズ
進出が決定しました!!

やりましたね。。

でも、どうして、松坂は「5回」にああも、崩れるのでしょうかね??

日本にいた時は、完投するイメージが強かったんで、MLBだと勝手が違うんですかね??

岡島は、味方の信じられないミスにも、動ぜず、ピンチ(ワンアウト、1・3塁)ゲッツー
で切り抜けた。 流石、オキ・ドキ!!

ボストン・レッドソックスとは



ボストン・レッドソックス チーム名 ボストン・レッドソックス
加盟団体 アメリカンリーグ東地区
創設年度 1901年
チーム名の遍歴 ボストン・アメリカンズ(1901年–1907年)、ボストン・レッドソックス(1908年–)
本拠地 フェンウェイ・パーク
収容人員 38,805人
ユニフォーム色 赤、白、グレー
オーナー ジョン・ヘンリー
親会社 不明
監督 テリー・フランコーナ
ワールドシリーズ優勝 6回(1903年、1912年、1915年、1916年、1918年、2004年)
リーグ優勝 12回(1903年、1904年、1912年、1915年、1916年、1918年、1946年、1967年、1975年、1986年、2004年、2007年)
地区優勝 6回(1975年、1986年、1988年、1990年、1995年、2007年)
ワイルドカード獲得 5回(1998年、1999年、2003年、2004年、2005年)
ボストン・レッドソックス(Boston Red Sox)は、アメリカメジャーリーグ、アメリカンリーグ東地区所属のプロ野球チームの一つ。マサチューセッツ州ボストン市に本拠地を置き、ホーム球場はフェンウェイパーク。1893年発足。ユニフォームカラーは紺、赤、グレーで、ロゴデザインは2つの赤い靴下である。ワールドシリーズで6回の優勝、アメリカンリーグで12回の優勝を誇る。典型的なビッグボール派のチームで、伝統的に長打力を前面に押し出した野球を志向する。

目次

1 球団の歴史
1.1 球団発足
1.2 バンビーノの呪い
1.3 2004:呪いが解けた年
1.4 ヤンキースとレッドソックス
2 主な選手
2.1 現役選手
2.1.1 投手
2.1.2 捕手
2.1.3 内野手
2.1.4 外野手
2.2 殿堂入り選手
2.3 その他の過去に在籍した選手
2.4 永久欠番
3 傘下のマイナーチーム
4 公式応援歌
5 スポンサー
6 関連項目
7 脚注
8 外部リンク



[編集] 球団の歴史

[編集] 球団発足
1893年、ウエスタンリーグ(Western League)の球団としてオハイオ州トレド市に誕生、1900年にアメリカンリーグ発足と同時に本拠地をボストンに移した。

愛称は1901年の球団創立当初はアメリカンズ、1902年からの2年がソマーセッツ、1904年からの3年間がピルグリムスと変わったとされ、他にもピューリタンズやプリモスロックスなどの愛称があったとされるが、これらの議論には意味が無い。実際には1901年からの7シーズンは単にホームタウンのボストン、もしくはナショナルリーグの「ボストン・ビーンイーターズ」(現アトランタ・ブレーブス)に対し、「アメリカンリーグのボストン」を示すボストン・アメリカンズで通っており、その他の愛称はその時々で書き手が自由につけたものだからである。1908年のシーズンから現在のレッドソックスが正式な愛称となった。


[編集] バンビーノの呪い
1920年1月3日、当時経営難にあえいでいたレッドソックスは、12万5千ドルの金銭と30万ドル以上の負債の肩代わりをすることを条件に、ベーブ・ルースをニューヨーク・ヤンキースにトレードした。しかし、彼のヤンキース移籍を期にヤンキースの成績が伸び始めると、それに反比例するかのようにレッドソックスの成績は伸び悩み、1945年まではワールドシリーズにも進出できないシーズンが続いた。

それ以降もワールドシリーズに4回(1946年、1967年、1975年、1986年)進出するも、優勝はできなかった。特に1986年のニューヨーク・メッツとのシリーズでは、3勝2敗で迎えた第6戦を延長10回に2点リードのままランナーなしであと1アウトで優勝という場面まで来たものの、3連打と暴投で同点に追いつかれ、さらにビル・バックナー一塁手の「史上最悪のトンネル」とも呼ばれるエラーでまさかのサヨナラ負けを喫してしまう。第7戦も逆転負けで、手に届くところまで来ていたワールドチャンピオンを逃してしまった。また他の3年も7回戦で敗北を喫している。また悲劇的な側面はワールドシリーズに限ったことではなかった。1948年には最終戦でクリーブランド・インディアンズとワンゲーム・プレーオフを行うが、敗れてしまい優勝はならなかった。また1978年は一時2位ヤンキースに14ゲームもの大差をつけたが、故障者続出等でシーズン最終日に追いつかれてしまった。そこでワンゲーム・プレーオフが実施されたが、この試合に敗れて地区優勝を逃してしまった。

このことをベーブ・ルースに呪いをかけられたようだとして、いつしかベーブ・ルースの愛称「バンビーノ」から「バンビーノの呪い」(w:Curse of the Bambino)と呼ばれるようになった。86年もの長きに及んだこの「呪い」も2004年のワールドシリーズ制覇により解かれることとなった。2005年シーズン開幕戦、ヤンキースタジアムで「バンビーノの呪いは解けたのではなく、86年に一度しか優勝できなくなるものだ」と皮肉り、“2004+86=2090”(次の優勝は2090年以後だ)と書かれたプラカードが見受けられた。対するボストンはヤンキースが球界最高年俸のアレックス・ロドリゲスを擁してワールドシリーズを全く制覇できないことから「Aロッドの呪い」として揶揄する。


[編集] 2004:呪いが解けた年
2003年のアメリカンリーグチャンピオンシップ敗退後、レッドソックスのセオ・エプスタインGMは積極的な戦力補強を進めた。ヤンキースとのチャンピオンシップ第7戦における継投ミスを問われ、グレイディ・リトル監督が解雇され、元フィラデルフィア・フィリーズ監督のテリー・フランコーナ監督が就任する。アリゾナ・ダイヤモンドバックスからトレードでカート・シリング投手を獲得し、フリーエージェントでオークランド・アスレチックスのクローザーだったキース・フォーク投手を獲得する。また、マニー・ラミレス外野手を放出し、テキサス・レンジャースのアレックス・ロドリゲス遊撃手を獲得する計画も進んでいたが、このトレードは選手会の反発を受け、不成立に終わる。その後ヤンキースがロドリゲスをアルフォンソ・ソリアーノ二塁手らとの交換で獲得し、またもレッドソックスはヤンキースの後塵を拝するかと思われた。

しかし4月はヤンキースとの直接対決を6勝1敗で乗り切り、アリーグ東地区を4ゲーム差をつけて首位に立つ。しかしその後チーム全体が低調となり、7月末の時点でヤンキースに10ゲーム差をつけられていた。7月末に長年チームの顔であったが、シーズン後にFAによってチームを去ることを確実視されていたノマー・ガルシアパーラ遊撃手をシカゴ・カブスに放出し、モントリオール・エクスポズからオーランド・カブレラ遊撃手、ミネソタ・ツインズからダグ・ミントケイビッチ一塁手、ロサンゼルス・ドジャースからデーブ・ロバーツ外野手らを獲得する。人気者のガルシアパーラを放出したことに非難が集中したが、のちにこれらの選手が重要な役割を果たすことになる。 8月に入るとチームは投打がかみ合い好調を維持する。結果8月は21勝7敗の好成績をあげ首位ヤンキースとのゲーム差を縮めることとなった。

9月に入ってもヤンキースに追いつくことはなかったが、アメリカンリーグのワイルドカードを獲得する。ディビジョンシリーズではアナハイム・エンジェルスを3連勝でくだし、チャンピオンシップは前年と同じヤンキースとレッドソックスの組み合わせとなる。

カート・シリングが先発した第1戦を落とし、その上にシリングはかかとの怪我のため降板し、もはやシリングの再登板が絶望的となる。第2戦はペドロ・マルティネスが先発するが、1-3で2連敗を喫する。第3戦も落とし、0勝3敗と追い詰められる。

しかし第4戦、9回裏に3-4と負けていながら、代走のデーブ・ロバーツの盗塁をきっかけとしてヤンキースの守護神であるマリアノ・リベラからビル・ミラーが同点打を放ち、延長戦の末にデイヴィッド・オルティズのサヨナラHRでヤンキースを降す。第5戦も8回裏にリベラからジェイソン・ヴァリテックの犠牲フライで同点に追いつくと、延長14回にまたもデイヴィッド・オルティズがサヨナラ安打。第6戦では負傷したかかとを応急手術で縫い合わせたカート・シリングが復帰し、文字通り靴下を血で赤く染めながらのピッチングでヤンキース打線を封じ、最終的にレッドソックスは、(100年以上歴史ある)メジャーリーグで史上初となる3連敗4連勝の大逆転を達成する。なお、北米のプロスポーツ史上で3連敗4連勝は1942年のトロント・メープルリーフスと1975年のニューヨーク・アイランダーズの2回のみである。プレーオフ後、ヤンキースの監督であるジョー・トーリは、「第5戦の6回2死満塁の場面で守備がそれほど評価されていない選手(トロット・ニクソン)に好捕されたのがシリーズ(敗退)のポイントだった」と振り返った。

ワールドシリーズではセントルイス・カージナルスと対戦し、4勝0敗で1918年以来のシリーズ制覇を達成する。なお、ポストシーズン8連勝はメジャー史上初、4勝0敗でのシリーズ制覇は球団史上初であった。

2006年オフにはポスティングシステムを利用して、松坂大輔投手に対して5,111万1,111ドル11セントを提示(かつてレッドソックスにも在籍した大投手サイ・ヤングの通算勝利数511にちなむ)。独占交渉権を獲得し、松坂の入団が決まった。


[編集] ヤンキースとレッドソックス
ドミニカ共和国出身のマニー・ラミレス、デビッド・オルティズや、ベテラン投手カート・シリング、ナックルボールを操るティム・ウェイクフィールドなど、投打ともにスタープレーヤーをそろえる強豪チームで、同じ東地区のニューヨーク・ヤンキースとは長年のライバル関係にある。

日本ではヤンキースが最も人気のあるチームと報道されることが多い。確かに観客動員数ではヤンキースが上回っているが、それはヤンキースの本拠地ヤンキー・スタジアムの収容人数57,545人に対して、レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークは38,805人しか収容できないためである(客席を増やすための改築が現在進行中)。フェンウェイ・パークは入場券の平均価格が2006年春現在、46.46ドル(約5,500円)と9年連続30球団最高であるにもかかわらず307試合連続満員札止め状態(2006年シーズン終了時点)が続き、またビジターゲームでの観客動員はレッドソックスが1位である。そのため、アメリカではメジャーで最も人気のある球団はレッドソックスだといわれている。

2003年のシーズンは地区優勝争いでヤンキースに敗れたが、ワイルドカードで見事プレーオフに進出した。しかし、アメリカンリーグ優勝決定戦で、またしてもヤンキースに激戦の末敗退した。また、同年にはケビン・ミラーの入団をめぐり、日本プロ野球の中日と問題をおこした。

2004年のシーズンも、2003年同様に地区優勝争いでヤンキースに敗れ、ワイルドカードでプレーオフに進出した。ただし、今回は、アメリカンリーグ優勝決定戦で、ヤンキースに3連敗しながら4連勝する大激戦を演じてリーグ優勝を決めた。その後、ワールドシリーズでもセントルイス・カージナルスに圧倒的な勢いで4連勝し、1918年以来86年ぶりのワールドシリーズ優勝を果たした。


[編集] 主な選手

[編集] 現役選手

[編集] 投手
ジョシュ・ベケット (Josh Beckett)
クレイグ・ブレスロウ (Craig Breslow)
マット・クレメント (Matt Clement)
ニック・デバー (Nick Debarr)
マニー・デルカーメン (Manny Delcarmen)
ブレンダン・ドネリー (Brendan Donnelly)
ケイソン・ギャバード (Kason Gabbard)
エリック・ガニエ (Eric Gagné)
デバーン・ハンサック (Devern Hansack)
クレイグ・ハンセン (Craig Hansen)
カイル・ジャクソン (Kyle Jackson)
ジョン・レスター (Jon Lester)
ハビアー・ロペス (Javier Lopez)
エドガー・マルティネス (Edgar Martinez)
松坂大輔 (Daisuke Matsuzaka)
岡島秀樹 (Hideki Okajima)
ジョナサン・パペルボン (Jonathan Papelbon)
デービッド・ポーレー (David Pauley)
カート・シリング (Curt Schilling)
カイル・スナイダー (Kyle Snyder)
フリアン・タバレス (Julian Tavarez)
マイク・ティムリン (Mike Timlin)
ティム・ウェイクフィールド (Tim Wakefield)

[編集] 捕手
ジョージ・コッタラス (Geroge Kottaras)
ダグ・ミラベリ (Doug Mirabelli)
ジェイソン・ヴァリテック (Jason Varitek)

[編集] 内野手
アレックス・コーラ (Alex Cora)
マイク・ローウェル (Mike Lowell)
フリオ・ルーゴ (Julio Lugo)
デイヴィッド・オルティズ (David Ortiz)
ダスティン・ペドロイア (Dustin Pedroia)
ケビン・ユーキリス (Kevin Youkilis)

[編集] 外野手
ココ・クリスプ (Coco Crisp)
J.D.ドルー (J.D. Drew)
エリック・ヒンスキー (Eric Hinske)
ブランドン・モス (Brandon Moss)
デービッド・マーフィ (David Murphy)
マニー・ラミレス (Manny Ramirez)

[編集] 殿堂入り選手
ルイス・アパリシオ (Luis Aparicio)
ウェイド・ボッグス (Wade Boggs)
ルー・ブードロー (Lou Boudreau)
ジェシー・バーケット (Jesse Burkett)
オーランド・セペダ (Orlando Cepeda)
ジャック・チェスブロ (Jack Chesbro)
ジミー・コリンズ (Jimmy Collins)
ジョー・クローニン (Joe Cronin)
ボビー・ドーア (Bobby Doerr)
デニス・エカーズリー (Dennis Eckersley)
リック・フェレル (Rick Ferrell)
カールトン・フィスク (Carlton Fisk)
ジミー・フォックス (Jimmie Foxx)
レフティ・グローブ (Lefty Grove)
ハリー・フーパー (Harry Hooper)
ウェイト・ホイト (Waite Hoyt)
ファーガソン・ジェンキンス (Ferguson Jenkins)
ジョージ・ケル (George Kell)
ヘイニー・マナシュ (Heinie Manush)
ホワン・マリシャル (Juan Marichal)
ハーブ・ペノック (Herb Pennock)
トニー・ペレス (Tony Perez)
レッド・ラフィング (Red Ruffing)
ベーブ・ルース (Babe Ruth)
トム・シーバー (Tom Seaver)
アル・シモンズ (Al Simmons)
トリス・スピーカー (Tris Speaker)
テッド・ウィリアムズ (Ted Williams)
カール・ヤストレムスキー (Carl Yastrzemski)
サイ・ヤング (Cy Young)

[編集] その他の過去に在籍した選手
ロジャー・クレメンス (Roger Clemens) (現在、ニューヨーク・ヤンキースに在籍)
ブロンソン・アローヨ (Bronson Arroyo)(現在、シンシナティ・レッズに在籍)
ジョニー・デイモン (Johnny Damon)(現在、ニューヨーク・ヤンキースに在籍)
ケビン・ミラー (Kevin Millar)(現在、ボルティモア・オリオールズに在籍)
デレク・ロウ (Derek Lowe) (現在、ロサンゼルス・ドジャースに在籍)
ペドロ・マルティネス (Pedro Martinez)(現在、ニューヨーク・メッツに在籍)
ジェイ・ペイトン (Jay Payton)(2005年途中、オークランド・アスレティックスにトレード)
ノマー・ガルシアパーラ (Nomar Garciaparra) (現在、ロサンゼルス・ドジャーズに所属)
マーク・ベルホーン (Mark Bellhorn)(現在、シンシナティ・レッズに所属)
アラン・エンブリー (Alan Embree)(現在、サンディエゴ・パドレスに所属)
リッキー・ヘンダーソン (Rickey Henderson)(現在、ニューヨーク・メッツコーチ)
大家友和 (Tomo Ohka)(現在、トロント・ブルージェイズに所属)
スコット・ウィリアムソン (Scott Williamson)(現在、サンディエゴ・パドレスに所属)
野茂英雄 (Hideo Nomo)
ロベルト・ペタジーニ (Roberto Petagine)
レジー・スミス(Carl Reginald Smith)
ビル・ミラー (Bill Mueller)
ゲーブ・キャプラー (Gabe Kapler)(2005年堀内政権の読売に在籍したが打率.153と低迷。同年7月に本人の意向で契約解除。現在引退しボストン・レッドソックス マイナー監督を務めているという。)
マイク・グリーンウェル (Mike Greenwell)(1997年、阪神タイガースに在籍)
マイク・ホルツ(Michael Holtz)
金炳賢(Byung-hyun Kim) (現在、フロリダ・マーリンズに在籍)

[編集] 永久欠番
永久欠番となるには、アメリカ野球殿堂入り、レッドソックスに10年以上在籍、レッドソックスでキャリアを終えるの3つをクリアしなければならない。[1]

1 ボビー・ドーア (Bobby Doerr)
4 ジョー・クローニン (Joe Cronin)
8 カール・ヤストレムスキー (Carl Yastrzemski)
9 テッド・ウィリアムズ (Ted Williams)
27 カールトン・フィスク (Carlton Fisk)
42 ジャッキー・ロビンソン (Jackie Robinson)

[編集] 傘下のマイナーチーム
AAA

ポータケット・レッドソックス (Pawtucket Red Sox)
AA

ポートランド・シードッグズ (Portland Sea Dogs)
ホーム球場であるハドロック・フィールドは、レッドソックスのホーム球場であるフェンウェイ・パークと造りが似ている。レフトには、フェンウェイ・パークの「グリーンモンスター」と全く同じ高さの約11.3メートルの「メーンモンスター」がある。
A

ウィルミントン・ブルーロックス (Wilmington Blue Rocks)
グリーンビル・ドライブ (Greenville Drive)
ローウェル・スピナーズ (Lowell Spinners)
ルーキーリーグ

ガルフ・コースト・レッドソックス (Gulf Coast Red Sox)

[編集] 公式応援歌
ドロップキック・マーフィーズがチームの公式応援歌「Tessie」を歌っている。ホームでレッドソックスが勝つと試合後に曲が流れる。


[編集] スポンサー
ダンキンドーナツ
2007年2月15日に、船井電機とパートナーシップ契約を締結している。[2]

[編集] 関連項目
ベーブ・ルース

[編集] 脚注
^ レッドソックス公式ページ
^ [1]

[編集] 外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、ボストン・レッドソックスに関連するカテゴリがあります。Boston Red Sox(英語版)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| MLB メジャー・リーグ・ベースボール | 05:45 | comments(0) | trackbacks(12) | pookmark
松坂5回2失点 レッドソックス3連勝でワールドシリーズヘ
松坂、魔の5回・・・冷や冷やもんでしたけど、よく踏ん張りました・・

岡島もナイスです。。(でも、前見て投げて・・うん?いいフォームで投げると打たれるって!!

そんじゃ、今のままで・・)

ロッキーズ、松井稼頭との対戦も、ファンはもちろん、本人たちもワクワクもんかもしれません・・

会社休んで、ワールドシリーズ見に行ちゃいたいね・・・


松坂勝った!Wシリーズへ/アLCS



マスコットと抱き合って喜ぶレッドソックスの松坂(共同) <アLCS:レッドソックス11−2インディアンス>◇第7戦◇21日(日本時間22日)◇フェンウェイパーク

 レッドソックス松坂大輔投手(27)がワールドシリーズ進出を決めた。先発し、5回を6安打2失点。3回まで無失点の力投。4回に2本の二塁打で1点を失い、5回にも犠牲フライで1点を奪われたが、1点リードで5回を投げきった。

 日本人投手がポストシーズンゲームで勝利投手となったのは史上初。3試合目の登板で初めて5回を投げきり、Wシリーズ出場を決めた。
(出典 : Sankei Web)



松坂、岡島がワールドシリーズへ!


<アLCS:レッドソックス11−2インディアンス>◇第7戦◇21日(日本時間22日)◇フェンウェイパーク

 レッドソックスが12回目のリーグ優勝を決め、3年ぶりのワールドシリーズ進出を決めた。先発した松坂大輔投手(27)は5回を6安打2失点に抑え勝利投手。日本人メジャーリーガーとして初めてポストシーズンゲームで白星を挙げた。

 2番手で登板した岡島秀樹投手(31)も好救援。2回を3安打無失点に抑え、勝利に貢献した。

 24日(同25日)開幕のワールドシリーズで松井稼頭央内野手(31)のいるロッキーズと世界一をかけて激突する。

<9回表=得点>

 6番ペラルタは左前安打。

 7番ロフトン、8番グティエレスは外野フライで2死。

 9番ブレークの中飛をクリスプがスーパーキャッチして試合終了!

<8回裏=得点6>

 インディアンスはベタンコートが登板。 

 4番ラミレスは二飛。

 5番ローウェルは左中間二塁打。

 6番ドルーは中前タイムリー。これで6−2!

 7番バリテックは三塁後方へのフライが落ちスタンドに入りエンタイトル二塁打。1死二、三塁。 8番エルズベリーは敬遠。1死満塁。

 9番ルーゴは三振で2死満塁。

 1番ペドロイアは左中間を破る走者一掃の3点二塁打!これで9−2。勝負あったか。

 イ軍は3番手のルイスが登板。

 2番ユーキリスは左翼へダメ押しの2ラン!11−2。

 3番オルティスは三振で攻撃終了。   

<8回表=得点0>

 岡島続投。3イニング目。

 1番サイズモアにバント安打を決められ無死一塁。

 2番カブレラに中前安打され無死一、二塁。ここでパペルボンと交代。

 3番ハフナーを3球三振!

 4番マルティネスは二ゴロ。併殺は取れず2死一、三塁。

 5番ガーコは中飛。パペルボンが力でピンチをねじ伏せた。

<7回裏=得点2>

 8番エルズベリーの三ゴロをグレークがはじき無死二塁。

 9番ルーゴが送って1死二塁。

 1番ペドロイアが左翼へ2ラン!よしっ!5−2。

 2番ユーキリスは遊ゴロ。

 3番オルティスは左飛で攻撃終了。 

<7回表=得点0>

 岡島が続投。

 6番ペラルタは右飛。

 7番ロフトンは打ち取ったかに思えたが、ルーゴが落球して1死二塁。痛い!

 8番グティエレスは左前安打で一、三塁。ピンチ!

 9番ブレークを5−4−3のダブルプレー!ピンチ脱出。沸くフェンウェイパーク。岡島ナイスピッチング。

<6回裏=得点0>

 5番ローウェルは三振。

 6番ドルーは二ゴロ。

 7番バリテックは空振り三振。レッドソックス打線が完全に鳴りをひそめてしまった。

<6回表=得点0>

 松坂に代わって岡島が登板。

 3番ハフナーを左飛。

 4番マルティネスを右飛。

 5番ガーコを遊ゴロに仕留め、3者凡退。お見事! 

<5回裏=得点0>

 2番ユーキリスは空振り三振。

 3番オルティスは遊ゴロ。

 4番ラミレスは見逃し三振。

<5回表=得点1>

 7番ロフトンの打球はグリーンモンスターを直撃。しかしクッションを処理したラミレスが二塁へ好返球しタッチアウト!ナイスプレー!

 8番グティエレスに中前安打され1死一塁。大輔、踏ん張れ!

 ブルペンでは岡島が投球開始。 

 9番ブレークには右前に運ばれ一、三塁。ここでファレル投手コーチがマウンドへ。

 1番サイズモアに中犠飛を許し1点差に迫られた。

 2番カブレラをチェンジアップで空振り三振に仕留めガッツポーズ。プレーオフ3試合目で初めて5回を投げきった。

 

<4回裏=得点0>

 7番バリテックはうまい流し打ちを見せ左前安打。無死一塁。これで4回まですべて先頭打者がヒットで出塁。

 8番エルズベリーは一ゴロで1死一塁に。

 9番ルーゴはヒットエンドラン。二塁手の逆を突く打球が中前に抜け1死一、三塁!

 しかし1番ペドロイアは二ゴロ併殺打に倒れ無得点。この試合3つ目の併殺。

<4回表=得点1>

 2番カブレラは遊飛で1死。

 3番ハフナーにグリーンモンスター直撃の二塁打。

 4番はマルティネス。強烈な投手ゴロをグラブでたたき落とし一塁送球、アウト!2死二塁。

 5番はガーコ。カウント2−0から粘られ最後は高めのスライダーをグリーンモンスターへぶつけられ1点を奪われた。なおも2死二塁。

 6番はペラルタ。一発注意。当たりそこねの遊ゴロに仕留め、1点で止めた。

<3回裏=得点1>

 2番ユーキリスは三塁線を破る二塁打で出塁!

 3番オルティスはチーム打撃の一ゴロ。1死三塁。

 4番ラミレスは敬遠。1死一、三塁。

 5番ローウェルはきっちりと右へ犠牲フライを打ち上げ3点目!さすが!

 6番はドルー。左飛で攻撃終了。 

<3回表=得点0>

 7番はロフトン。第3戦で痛い本塁打を浴びた相手だ。インハイの直球で右飛。

 8番はグティエレス。フルカウントまで粘られたが、外角低めの厳しいスライダーで二飛。ナイス!

 9番はブレーク。中前へ初安打を許し2死一塁。

 1番はサイズモア。2球目が暴投で2死二塁。外角高めの速球で空振り三振!

<2回裏=得点1>

 7番はバリテック。グリーンモンスター直撃の二塁打。

 8番はエルズベリー。詰まりながらも左前へ運び無死一、三塁。

 9番はルーゴ。遊ゴロ併殺打に倒れたが三塁走者が生還し2点目!

 1番ペドロイアは左飛で攻撃終了。

<2回表=得点0>

 さあ、大輔。この回を全力で抑えろ!

 4番はマルティネス。外角直球をジャストミートされたが、三直で1死。ラッキー!

 5番はガーコ。変化球でボテボテの三ゴロ。2死。

 6番はペラルタ。初球スライダーを引っかけさせ三ゴロ。ヨッシャ!

<1回裏=得点1>

 インディアンス先発は技巧派右腕のウェストブルック。

 1番ペドロイアは左前へクリーンヒット。

 2番はユーキリス。三遊間を破るヒット!無死一、二塁。

 3番はオルティス。空振り三振。1死一、二塁。

 4番はラミレス。頼む、打ってくれ!ショートへの痛烈な打球。強襲安打となり、ペドロイアが俊足を飛ばしてホームイン。1点を先制!

 5番はローウェル。左前安打。当たりが強すぎて1死満塁。 

 6番は第6戦で満塁本塁打を放ったドルー。6−4−3のダブルプレー。あーあ。

<1回表=得点0>

 松坂がマウンドへ。気温19度。長袖アンダーシャツ、グラブの色は赤。無精ひげが濃い。バックネト下の広告はコナミ。

 1番はサイズモア。初球は145キロ直球が外れボール。2球目は内角直球。バットをへし折り二飛。直球は走っている。

 2番はカブレラ。カウント2−0と追い込み二ゴロ。ペドロイアのところへ打たせれば大丈夫。

 3番は一発のあるハフナー。フルカウントから148キロ速球で空振り三振。絶好調の立ち上がりだ。

[2007年10月22日13時4分]

(出典 : Sankei Web)
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ボンズ 通算754号を放ちアーロン氏の記録に王手

バリー・ボンズ
新記録は、いつ出るんじゃろか!!

【7月28日 AFP】07MLB、サンフランシスコ・ジャイアンツ(San Francisco Giants)vsアトランタ・ブレーブス(Atlanta Braves)。4番・左翼で先発出場した

ジャイアンツのバリー・ボンズ(Barry Bonds)は、1回裏にハンク・アーロン(Hank Aaron)氏の持つメジャー歴代最多本塁打記録755本にあと1本と迫る通算754本目となる第20号ソロホームランを放った。試合はジャイアンツが12-10で乱打戦を制した。(c)AFP/Getty Images

(写真)1回裏に通算754本目となる第20号ソロホームランを放ち、ベースを回るジャイアンツのボンズ。(c)AFP/Getty Images Otto Greule Jr
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